大阪高等裁判所 昭和62年(行ケ)3号 判決 1988年1月28日
原告
辻山清
被告
奈良県選挙管理委員会
右代表者委員長
藤井喜一郎
右指定代理人
田中義雄
外五名
主文
本件訴えを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 昭和六二年四月一二日執行の奈良県議会議員添上郡奈良市選挙区)選挙における当選の効力に関する原告の異議申出に対し、被告が同年六月二三日にした却下決定を取消し、右選挙を当選無効とする。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1(一) 原告は、昭和六二年四月一二日執行(同月一四日当選人決定告示)の奈良県議会議員(添上郡奈良市選挙区)選挙(以下「本件選挙」という。)の選挙人であるが、同月二八日、被告に対し、右選挙に基づく当選の効力に関し異議の申出(以下「本件異議申出」という。)をした。
(二) なお、原告は、下着(U首アンダーシャツ)の脇より下を四つの部分に切り分けて、その片方の面に公職選挙法二一六条で準用する行政不服審査法一五条一項所定の全ての必要的記載事項を記載した異議申出書(以下「本件異議申出書」という。)をもつて、本件異議申出をした。
2 ところが、被告は、「本件異議申出は、布片に記載されているが、公職選挙法二一六条の規定により準用される行政不服審査法二一条の規定に基づき、昭和六二年六月一日までに、通常の様式に改めるよう補正を命じる。」旨の内容の、同年五月一八日付、同月一九日到達の書面により、原告に対して、本件異議申出書の補正を命じた(以下、右命令を「本件補正命令」という。)。
3 さらに、被告は、昭和六二年六月二三日、原告が本件補正命令に応じなかつたことを理由に本件異議申出を却下する旨の決定(以下「本件却下決定」という。)をなし、その旨の決定書の認証謄本(甲第二号証)を同年七月六日原告に交付した。
4 しかしながら、本件補正命令及び本件却下決定には、次のような重大な違法事由があり、取消を免れない。
(一) 本件異議申出書は、公職選挙法二〇六条所定の「文書」に該当する。
すなわち、文書とは、二つ以上の文字で文章が完結されていく綴りであり、通常これには文書と図画が含まれるものと解され(公職選挙法一四二条ないし一四七条、同法全般参照)、Tシャツにスローガンや文字が記載されたものも文書に該当するものとされている。さらに、文書の材料は、紙に限られないし、公職選挙法にもこれに関する規定はなく、かえつて同法八六条所定の立候補届出の「文書」の材料は、板や布などでもよいものとされる。
(二) 原告は、本件異議申出に当たり、異議申出の趣旨等の補足であれば、口頭陳述をする旨申し出ており、被告がしたこれ以外の本件補正命令は公職選挙法二一六条に違反する。
(三) 被告は、本件却下決定に正当な理由を付しておらず、また、決定書原本を原告に交付すべきであるのに、決定書謄本を交付したにすぎない(公職選挙法二一五条参照)。
5 本件選挙における最下位当選者と次点者「大井」との得票数の差は二三票であるところ、「向井」「福井」混記、あるいは判続難解として無効票とされた投票五〇票は、右次点者の得票と判定すべき票である。また、「向井」「福井」の票中、次点者の得票と判定すべき八〇票が「向井」「福井」に混入されている。この結果、右次点者の得票数は、右最下位当選者の得票数を上回ることになる。本件選挙には右のような重大な瑕疵があるので、本件選挙の当選無効は明白である。
6 よつて、原告は、本件却下決定を取消すとともに、本件選挙の当選無効の判決を求める。
二 請求原因に対する認否
1(一) 請求原因1(一)の事実は認める。
(二) 同1(二)のうち、原告が、下着(U首アンダーシャツ)の脇より下を四つの部分に切り分けて、その片方の面に異議申出事項を記載した本件異議申出書をもつて、本件異議申出をした事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実は認める。
4 同4の、本件補正命令及び本件却下決定に重大な違法事由があり、取消を免れないとの主張は争う。
(一) 同4(一)の、本件異議申出書が、公職選挙法二〇六条所定の「文書」に該当するとの主張は争う。
公職選挙法二〇六条一項は、当選の効力に関する異議は「文書」でこれを申し出るべきものと規定している。これは、異議申出人には、その異議申出の内容を正確かつ明瞭に記載させるとともに、選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会には、提出された異議申出書の受理、保存、異議申出の審理等の事務処理を正確、迅速かつ遺憾なからしめるためのものである。ところが、本件異議申出書は、着古した肌着に乱雑に文字を記載したもので、容易に判読し難く、また保存も困難であつて、公職選挙法二〇六条一項所定の「文書」とは認められない。そこで、被告は、本件異議申出は不適法であるが補正することができる場合に該当するものと判断し、原告に対して本件補正命令をしたが、原告はこれに応じなかつたので、公職選挙法二一六条一項によつて準用される行政不服審査法四七条一項の規定により、本件異議申出を不適法なものとして却下する旨の本件却下決定をした。
(二) 同4(二)の事実は否認し、本件補正命令が公職選挙法二一六条一項に違反するとの主張は争う。
(三) 同4(三)の主張は、全て争う。
5 同5の事実は否認し、その主張は全て争う。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1(一)の事実、同1(二)のうち、原告が下着(U首アンダーシャツ)の脇より下を四つの部分に切り分けて、その片方の面に異議申出事項を記載した本件異議申出書をもつて、本件異議申出をした事実、同2及び同3の各事実は、いずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実と昭和六二年八月一三日に本件異議申出書を撮影した写真であることにつき争いのない<証拠>によれば、本件異議申出書には、公職選挙法二一六条一項で準用する行政不服審査法一五条一項一号ないし四号、六号所定の必要的記載事項が全て記載され、同条四項が要求する異議申出人の押印もされていることが認められる。
二そこで、本件補正命令及び本件却下決定についての違法性の有無について検討する。
1 本件異議申出書は、公職選挙法二〇六条一項所定の「文書」に該当するとの主張について。
(一) 公職選挙法二〇六条一項は、「地方公共団体の議会の議員の選挙において、その当選の効力に関し不服がある選挙人は、当該選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会に対して、文書で異議を申し出ることができる。」旨規定している。このように、公職選挙法が文書で異議申出をすべきものとした趣旨は、(1)異議申出人に、当選の効力につき、如何なる理由によつて、如何なる点に不服があり、如何なる決定を求めるのか等の異議申出の内容を、正確かつ明瞭に記載させて過誤なきを期し、この書面申出と、原則的書面審理(公職選挙法二一六条一項、行政不服審査法二五条参照)を通じて、簡易迅速に権利救済を実現すべきこと、(2)そして、選挙に関する事務を管理する選挙管理委員会が、異議申出の内容を正確に理解して、異議申出の適法性や正当性等の審理を適正迅速になすことができるようにすべきことなどにあるものと解される。
(二) ところで、前記争いのない事実、<証拠>によれば、本件異議申出書は、着古した布地の男性用下着(U首アンダーシャツ)の脇より下を、首を中心に四つの部分に切り分けて、その片方の面のみにマジック様の筆記用具を用いて前記必要的記載事項を手書きしたものであるが、異議申出人の氏名及び年令並びに住所、異議申出に係る処分、同処分があつたことを知つた年月日、異議申出の趣旨の部分と、異議申出の理由の前半の部分と、同後半の部分と、異議申出の年月日、異議申出人の氏名及び押印、異議申出の宛先の部分とが、右切り分けられた四つの部分に、乱雑かつ飛び飛びに記載してあることが認められる。
そして、右事実によれば、本件異議申出書は、その異議申出の記載内容を判読してこれを正確に理解することは困難であること、被告において、本件異議申出書を審理記録に編綴して保存するうえでも困難が伴うこと、そのため本件異議申出書は、被告が原則的書面審理によつて簡易迅速に本件異議申出の適法性や正当性を判断して、適正な権利救済を実現すべきであるとの公職選挙法の要請にも反していることなどが明らかであり、また、そもそも、前記下着(U首アンダーシャツ)の本来の用途は、これを肌に着用して使用するところにあり、本件異議申出書としてこれを使用することは右の本来の用途に全く反するし、さらに、原告は本件訴状や準備書面は西洋紙に整然とタイプしたものを提出しており、本件異議申出に際しても右同様の文書を作成するにつき何ら支障はなかつたものと推認される。
右の諸点に照らすと、本件異議申出書は、仮にこれが一般的な文書の概念には含まれるものであるとしても、公職選挙法二〇六条一項が「文書」で異議申出をすべき旨規定した趣旨に反するものであつて、本件異議申出は、文書による異議申出の要件を欠く不適法なものというべきである。
(三) したがつて、被告が、本件異議申出書を通常の様式の文書(すなわち、前記公職選挙法二〇六条一項の要請に適合する文書と解される。)に改めるように、原告に補正を命じたことには何ら違法性がないものというべきである。
2 口頭陳述の方法による補正を命ずべきであつたとの主張について。
(一) 原告は、本件異議申出に当たり、異議申出の趣旨等の補足であれば、口頭陳述をする旨申し出ており、これ以外の方法による補正命令は公職選挙法二一六条に違反する旨主張する。
(二) しかしながら、本件補正命令は異議申出の趣旨等の補足を命じるものではなく、右命令に対しては、公職選挙法二〇六条一項の要請に適合する異議申出書を作成し、改めてこれを被告に提出する方法によつて補正をすべきものであるし、また、同法二一六条一項が準用する行政不服審査法二五条一項但書が保障する口頭意見陳述の機会は、異議申出の適法要件の審理については適用がないものと解すべきであるから、原告の前記主張は失当である。
3 正当な理由を付した決定書原本を交付しなかつたとの主張について。
(一) 被告が原告に対し本件却下決定書の認証謄本(甲第二号証)を交付したことは当事者間に争いがないところ、右決定書には、本件却下決定の理由として、「本件異議申出は、肌着に乱雑に書かれたものであり、公職選挙法二〇二条一項のいう文書とは認められないので、同法二一六条一項により準用される行政不服審査法二一条の規定により、補正に要する期間として一三日間を与え通常の様式に改めるよう補正を命じたが、異議申出人は補正に応じなかつた。」旨の理由が付されていることが明らかであり、右は本件却下決定の理由として正当なものというべきである。なお、右理由中の公職選挙法二〇二条一項との記載は、同法二〇六条一項の誤記であることが明白であつて、右誤記ゆえに、本件却下決定に理由が付されていないということにはならないものと解される。
(二) また、本件却下決定は、異議申出人たる原告に交付することによつて効力を生ずるものであるが(公職選挙法二一五条参照)、異議申出人に交付すべきは、決定書の原本ではなく、その謄本をもつて足りるものである(公職選挙法二一六条一項、行政不服審査法四七条一項、四八条、四二条二項参照)。
(三) したがつて、原告の前記主張も失当である。
4 右のとおり、本件補正命令及び本件却下決定には、これを取消すべき重大な違法事由が存するとの原告の主張はいずれも理由がなく、他にこれらを違法として取消すべき事由も認められない。
三以上の次第で、本件訴えは、当選の効力に関する適法な異議の申出とこれに対する被告の決定を経由したものではないから、この点において不適法たるを免れない。よつて、原告の本件訴えは、不適法としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官荻田健治郎 裁判官井上繁規 裁判官道下徹は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官荻田健治郎)